ガンヌ〈娘〉1893年
出版年 1893年
著者 ガンヌ
出版地 パリ
言語 フランス語
フランス
分類 楽譜

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解説

 本作品を生み出したフランスの作曲家・指揮者ルイ・ガンヌ〔本名:ルイ=ガストン・ガンヌ〕は、とくにオペレッタや行進曲・舞踏音楽などの通俗曲を作曲した人物としてその名を知られています。パリ音楽院では、当時の有名作曲家であるフランクやマスネに師事し、音楽院を卒業後はパリのリュー・ブランシュ新劇場やフォリー=ベルジェール劇場、さらにモンテカルロ・カジノの指揮者を歴任しました。
 この曲のタイトル〈娘 La Mousmé〉と聞くと、ゴッホが1888年に発表した肖像画「ラ・ムスメ」を想起する方も多くおられるのではないでしょうか。浮世絵など日本画壇に多大なる関心を寄せていたゴッホが、「娘」という言葉を知ったのはピエール・ロティの著作からといわれています。フランス海軍士官として世界各地を回りつつ作家としても活躍したロティは、1885年と1890~1891年の2度、来日を経験しています。その経験を基に執筆された小説『お菊さん』(1887年)など、同時代フランスで普及したロティ作品には、「娘」という言葉が多分に用いられます。ジャポニズム先駆け期のフランスでは、ロティ作品を中心に、美しい響きとして「ムスメ」が定着。1880年代から1900年代初めかけてジャポニズムが加速したフランス画壇・楽壇では「娘」に着想を得た作品がいくつも生み出され、ガンヌによる本作品もその流れに組するものです。
 ガンヌの代表作としては、サーカスを題材としたオペレッタ《軽業師たち》(1899年)や、1903年パリでの初演で大きな成功を収めたバレエ《日本に寄せて》への楽曲提供が挙げられます。《日本に寄せて》によってガンヌのジャポニズム傾倒は確たるものとなりますが、同作品よりも10年前に作曲されたのが「日本風マズルカ」を副題にもつピアノ曲〈娘〉です。非常に軽快なリズムが骨子となる本作は、のちに第103歩兵連隊の音楽指揮者であるフーケによって軍楽ブラスバンド用に編曲されたほか、歌唱曲やオーケストラ用の楽曲としても頻繁に演奏されました。レコードが繰り返し発行されたことからも分かるとおり、本作品はジャポニズムへの関心が根付き始めたフランスで広く愛された一作でした。
 本作品は大きく4つの部分からなり、〔イントロ〕による導入に続き、町娘の軽快な足取りを想起させるかのような4分の3拍子の〔マズルカ〕に移行します。

                     ♬ 〔マズルカ〕冒頭

 中間部ではしなやかな表情も垣間見られますが、総じて〔マズルカ〕ではスタッカートを基調とし、全体を通じて快活な印象を与えます。

                      ♬ 〔マズルカ〕中間部

 そこから一転。ヘ長調から変ロ長調に転調した〔トリオ〕では、ときおり激しさをにじませつつも、常に穏やかかつ滑らかな冒頭メロディが全体を包み込みます。

                     ♬ 〔トリオ〕冒頭

 〔コーダ〕では、〔マズルカ〕のテーマが再現されたのち、これまでの2手(独奏)からアドリブ的に3手(連弾)での演奏がすすめられます。そこでは、アレンジされた〔トリオ〕の上で〔マズルカ〕のメロディが軽快にリズムを刻み、非常に賑やかな曲想が拡がります。最後は華麗な趣を保ったままフィナーレに流れ込み、表情豊かな1曲に幕が下ります。

(解説/演奏:光平有希)

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