ライブラリー図書
歴代将軍図譜
解説
本書は、パリの出版社ヌヴーがティツィングの遺稿をまとめて1820年に刊行されたもので、歴代将軍家を中心とした日本史と年中行事を中心に解説しています。
著者ティツィング(Isaac Titsingh, 1745 – 1812)は、アムステルダムで外科医となった後、ライデン大学で法学を修め、1765年にオランダ東インド会社の商務員としてバタフィアに派遣され、1779年8月から1784年11月までの間、三度、述べ三年半にわたって日本商館長を務めました。ティツィングが日本商館長を務めた時期は、いわゆる「田沼時代」と称される政治的に寛容な時代であり、蘭学勃興期にあたる時期でもありました。商館長在任当時から、多くの日本人と学術交流を深め、膨大な書物や美術品、地図を蒐集し、ヨーロッパに持ち帰り、また、離日後も書簡でのやり取りを続け、オランダ通詞、蘭方医として著名な吉雄幸牛(1724 – 1800)や、蘭学の造詣が深いことで名を馳せた丹波福知山藩主の朽木昌綱(1750 – 1802)らと多くの書簡を交わしました。
本書は、ティツィングの遺稿をフランスの東洋学者レミュザ(Jean Pierre Abel Rémusat, 1788-1832)が編集したもので、冒頭にはレミュザによる序文が寄せられており、ティツィングの残した記録がヨーロッパにおいてどれだけ重要な意味を持つものかが力説されており、ケンペルやツンベルクの著作を補完、訂正するものであるばかりか、日本人自身よりも彼らの歴史について知りうる貴重な資料であることを述べています。
タイトルページ前に付された口絵は、1783(天明3)年の浅間山噴火の様子を描いたもので、鮮やかに着色された色彩で当時の噴火の恐ろしさを視覚的に伝えています。本文前に、挿入される彩色図版の説明があり、長崎出島と出島商館内部、唐人屋敷を描いた図版についての簡単な解説がされています。
本文は、内裏と呼ばれる天皇による統治から、源頼朝による武家政権への移行の歴史に簡単に触れた後、秀吉から徳川家へと政権が移ったことを説明しています。家康が政権を樹立して以降は、国の歴史や政治に関する書物の出版が禁じられたため、それらに関する情報を得ることは国内でも非常に困難であること、そこでティツィング自身は様々な日本の友人の協力を得て研究を進めてきたことや、入手した資料を厳密に翻訳したことが述べられています。そこから、家康に始める歴代将軍を中心とした記述が続きます。それぞれの将軍個人の人柄や主要な政策とともに、各時代に起きた大小様々な事件や出来事が多彩に説明されていることに驚きます。特に、家重期以降の記録は、ティツィング自身の見聞に基づく記録が多く、日本史研究においても重要な資料となっています。また、1792(寛政4)年の雲仙噴火を描いた彩色図版(ただし、これは先述の浅間山噴火の様子を異なる構図で描いたものを編集者が間違えて雲仙噴火としたもの)もここには含まれています。
本文に続いては、将軍家で行われる年中行事が月毎に解説されており、主要な祭りや祭日の様子が描かれています。特に盂蘭盆には強い関心を持ったようで、別項目立てにして、その由来や長崎での様子が詳細に述べられています。また、付論として、暦や度量衡についての論考、和歌をはじめとした詩歌についての考察、そして当時ヨーロッパ人の関心が高かった切腹について自身の見聞を交えた考察が収められています。
(執筆:羽田孝之)
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