ライブラリー図書
日本植物図選集
解説
本書の著者ケンペル(Engelbert Kaempfer, 1651 – 1716)は、ドイツのレムゴー出身で、18世紀の西洋における日本研究書の金字塔である『日本誌』(The history of Japan)の著者として非常に有名です。本書は大英博物館に収蔵されたケンペルの遺品に含まれていた日本の植物図版を編集したもので、当時のイギリス王立協会会長ジョゼフ・バンクス(Sir Joseph Banks, 1743 – 1820)が編集を手がけています。
植物研究に非常に強い関心を持っていたケンペルは、すでに来日前のバタヴィア滞在時から、クライアー(Andreas Cleyer, 1634 – 1698)やマイスター(Georg[e] Meister、 1653– 1713)といった、オランダ商館関係者の日本植物研究先学から手解きを受けて日本の植物研究を開始していました。その成果の一端は、彼の生前唯一の刊行著作となったラテン語論集『廻国奇観』において発表され、同書には多くの日本の植物図版が収録されています。ケンペルの植物研究は、クライアーやマイスターらによる植物研究の影響を大きく受けており、当該植物を具に観察した図を添えて、日本語での名称を漢字や仮名表記で明示した上で、ラテン語で解説を加えるという形式を採っています。生物学的な特徴だけでなく、現地での使い方までもが記述されることがあるのも特徴で、これは、当時オランダ東インド会社が、今後の貿易に資する日本の植物を求めていたことも背景にあるようです。
本書は、ある意味でやや古風でもあったケンペルの植物研究を、より(当時の)現代的なものにするべく、図版とラテン語で名称を示した簡潔なテキストだけで構成した作品です。長編が38センチにもなる非常に大型の書物で、大きな紙面をいっぱいに使って描かれた図版は非常に見応えがあります。編集を手がけたジョセフ・バンクスは、当時のヨーロッパを代表する植物学者で、ジェームズ・クック(James Cook, 1728 – 1779)の第1回航海(1768年から1771年)に随行して南太平洋に生息する植物の画期的な研究等を行なったことで名声を得て、1778年に王立協会の会長となっていました。また、1775年から1776年にかけてオランダ商館付き医師として来日したスウェーデン人医師トゥンベリ(Carl Peter Thunberg, 1743- 1828)とも交流を深めて、王立協会誌『哲学的論考集』(Philosophical Transactions.)に掲載されたトゥンベリの手紙にある通り、「日本滞在記」の元となった日本体験の発表を奨励するなど、日本にも強い関心を持っていました。
ケンペルの遺稿や膨大な日本コレクションは、ハンス・スローン(Hans Sloane, 1660 –1753)によってケンペルの遺族から買い取られ、後に大英博物館に収められていました。近代植物学の祖とされるリンネ(Carl von Linné, 1707 – 1778)の直弟子でもあったトゥンベリは既に1784年に『日本植物誌』を発表しており、当時大英博物館を管轄していたバンクスは、同書からも触発を受けて本書に取り組んだのではないかと思われます。
(執筆:羽田孝之)
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