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歴史批評辞典
解説
フォリオ判全4巻からなる大辞典である本書は、フランスの思想家ベイル(Pierre Bayle, 1647 – 1706)が編纂した作品です。ベイルは『文芸共和国通信』(Nouvelles de la république des lettres.)という月刊書評雑誌を手掛けるなど、カルヴァン主義の立場から当時のカトリックと対立する主張を積極的に発信したことで知られています。そのため、ナントの勅令の廃止を頂点とするプロテスタント迫害の風潮が高まるフランスを追われることになり、1693年以降はロッテルダムで活動を続けました。彼の思想は18世紀に花開くフランス啓蒙思想の先駆けとも見なされていますが、カトリックの主張や見解に極めて批判的、攻撃的である一方で、カルヴァン主義特有の人間の弱さ、無力さに対する深い自覚に基づいた自己抑制も併せ持っており、理性万能主義とも異なる独自の態度を貫いています。
本書は、『歴史批評辞典』と題されていることから分かるように、主に歴史に関する事項を集めた辞典で、しかも「批評(critique)」ともあるように、既存の学説をベイル自身の視点から批判的に考察を加えた上で収録した辞典です。フランスの神父モレッリ(Louis Moréri, 1643 – 1680、モレリとも)が編集した『歴史大辞典』に代表されるように、当時はカトリックの立場から編纂された辞典が数多く刊行されており、ベイルはこうした辞典類に収録された歴史に関する項目の記述を批判する目的で『歴史批評辞典』を編み上げました。
この作品は、本文下部に二段組でびっしりと書き込まれたベイルによる注釈が大きな特徴で、時に本文を大幅に上回る分量で展開される注釈は、この辞典が「批評」辞典であることを強く印象づけています。『歴史批評辞典』は1696年に初版が刊行されてから好評を博し、ベイルの没後に至るまで改訂版が刊行され続けたほか、英語訳やドイツ語訳などの翻訳版も刊行されています。当センターでは完成版と目されている1720年版を所蔵しています。
本書では「J」欄に「JAPON」という項目が設けられており、1532ページから1534ページにかけて日本関係記事が掲載されています。記事本文では、先に挙げたモレッリ『歴史大辞典』において日本のことが(誤って)多く言及されていることが批判的に触れられており、仏教や神道をはじめとする日本の宗教事情に主眼をおいて日本のことが解説されています。(A)から(F)に至る注釈も「Amida(阿弥陀)」「Xaca(釈迦)」などの日本の宗教事情についての解説が中心となっています。例えば、殉教(Martyrologe)を解説した注釈(E)では、ソリエ(François Solier, 1558 – 1638)『日本教会史』などを参照しながら日本におけるキリシタン迫害の歴史が簡単にまとめられていて、十字軍のごとく日本に送り込まれた宣教師たちが日本で信徒を急速に増やしていく中にあって、当時の日本の権力者がキリシタン迫害に手を染めたことは、スペインによる侵略の恐れから自国の利益を守るための手段としてやむを得ないことでもあったという趣旨の、ベイル独自の説が展開されています。
(執筆:羽田孝之)
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