学習室エッセイ

舞台化される日本イメージ(3)

著者
光平有希
掲載年月日
2021-11-18

1900 年代初頭
『蝶々夫人』誕生、そして日本表象舞台作品の爛熟

1898 年、『センチュリーマガジン』にJ. L.ロングの短編小説『蝶々夫人』が掲載されました。この小説を原作 としてD.ベラスコの戯曲『蝶々夫人』が 1900 年3 月にニューヨークのヘラルド・スクエア劇場で初演。後に ロンドンでの公演を行っています。その公演を観劇したイタリアの作曲家ジャコモ・プッチーニ(1858-1924 年)が非常に強い感銘を受け、すぐさまオペラ化を決めたというのは有名な逸話です。

プッチーニ作曲〈ある晴れた日に〉 オペラ《蝶々夫人》第2幕より (国際日本文化研究センター所蔵)
プッチーニ作曲〈ある晴れた日に〉オペラ《蝶々夫人》第2幕より(国際日本文化研究センター所蔵)

現在ではイタリアオペラの主要なレパートリーとなっている『蝶々夫人』ですが、1904 年2 月17 日にミラノのスカラ座で初演された時には、かなりの酷評を受けました。 これは、初演版では第2 幕に1 時間半を要すなど上演時間が長すぎたことや、文化の 異なる日本を題材にした作品であったため観客が違和感を覚えたこと、さらにアリア の一部が彼の初期オペラ「ラ・ボエーム」第3 幕のデュエットメロディーに似ていた といった複数の原因があったとされています。その後、改訂された作品が同年5 月28 日にイタリアのブレシアで公演されて大成功を収めると、続くロンドン、パリ公演と プッチーニは何度も改訂を重ね、1906 年のパリ公演のために用意された第6 版が、 21 世紀の今日まで上演され続けている決定版となっています。『蝶々夫人』小説版が 発表されて、次いでオペラが成功して以降、日本イメージはロマン主義的文脈から形 成されるようになっていきます。

20 世紀に入ると、とりわけアメリカでは日本人女性を主役に据えた小説が人気を博し、独自の日本表象土壌を 育みました。それらを題材として『星さん』(台本:J.L. ロング/音楽:ワシリー・レップス/初演:フィラデ ルフィア、1909 年)や『浪子さん』(台本、音楽:アルド・フランケッティ/初演:シカゴ、1925 年)など、 ロマン主義的な日本表象のオペラが制作されました。

その一方、イギリスやフランスでは、能を下敷きにした作品が数多く生み出され、日本を舞台にするのではなく、 自国の民話や伝説を能の形式で上演する新たな試みが行われれました。中にはフランスの劇作家ポール・クロー デル(1868-1955 年)のように実際に能や歌舞伎を体験した作家もいましたが、大半は能の視覚的な模倣に徹 するものでした。1916 年8 月には、グランストンベリーでマリー・ストープスが台本を、クラレンス・レイボ ールドが台本を手掛けた1 幕のオペラ 『隅田川』 が上演されています。これは、能の『隅田川』から着想を得 ているのは明らかで、その後も同じ題材で幾度となくオペラが制作されています。オペラ『隅田川』の発表年と 同じく1916 年、アイルランドの詩人ウィリアム・バトラー・イェイツ(1865-1939 年)は能のスタイルに則 った一幕ものの舞踊劇『鷹の井戸』を発表しています。同作の制作にあたり、イェイツは日本人ダンサー伊藤道 郎(1893-1961 年)と共に能の研究にあたり、能の形式でアイルランドの伝説を劇化したと言われています。

参考文献

ヒューズ、デイヴィッド・G. 『ヨーロッパ音楽の歴史』ホアキン・M.ベニテズ・近藤譲訳、朝日出版社、1984 年。 岩田隆『ロマン派音楽の多彩な世界—オリエンタリズムからバレエ音楽の職人芸まで』朱鳥社、2005 年。 バートン、アントニー『ロマン派の音楽: 歴史的背景と演奏習慣』角倉 一朗訳、音楽之友社、2016 年。 多和田真太良『19 世紀西洋演劇におけるジャポニズム : 「日本」の表象の変遷』学習院大学大学院博士論文、2017 年。 馬渕明子『舞台の上のジャポニズム—演じられた幻想の〈日本女性〉』NHK 出版、2017 年。