学習室エッセイ

ピアノ教則本に花開いた「日本」

著者
光平有希
掲載年月日
2022-06-15

日文研が所蔵する日本表象西洋楽曲のなかでもっとも早くに刊行された楽譜、それはギルドン作曲〈日本の調べ〉です。本作は1810年代のアメリカで誕生しました。当時のアメリカでは、富裕層の子女を対象にしたピアノ教則本が数多く出版され、本作もそのなかの1曲です。作曲を手がけたジョン・ギルドンは、19世紀前半に複数のピアノ曲や歌曲の小品を世に送り出したアメリカの作曲家兼ピアノ教師。アメリカでの日本表象楽曲の早期の例であり、〈日本の調べ〉はイギリスでも版を重ねて長きにわたり親しまれました。

時代はくだって1830年代から50年代には、ボストンやニューヨークで刊行された合冊曲集の中に、ベートーヴェンによる楽曲と騙った〈ジャポニカ・ワルツ〉が含まれています。本作品は、死後の発表、本家ベートーヴェンのものとは全く異なる形式や作風から、ベートーヴェン本人によるものではないと推測されます。販売数を上げるために出版社が、ベートーヴェンの名前と「ジャポニカ」というキャッチーな語を使ったのでしょう。とはいえ、「日本」が耳目を惹く語だったという事実は非常に興味深いことです。

さて、1840年代には〈日本の舟歌〉というピアノ作品も生まれています。生みの親フェルディナント・バイエルは、ドイツの作曲家、ピアニストであり、日本でも長く親しまれているバイエルのピアノ教本(《ピアノ奏法入門書》Vorschule im Klavierspiel)を書いた音楽家としても知られています。バイエルは、地域の多様性を特徴に持つ外国民謡の編曲シリーズともいえる曲集《ピアノのための愛国歌集》を1840年代に出版しました。

《ピアノのための愛国歌集》は70曲で構成され、スペインやポルトガルの国歌、中国やブラジルなど様々な地域で親しまれた民謡、そして〈日本の舟歌〉のようにオリジナルや先行する楽曲から着想を得て完成したさまざまな作品が含まれています。

【日文研所蔵参考楽譜】

J. Gildon.A Japanese air.London : Printed by J. & G. Balls, 1815?

Ludwig van Beethoven.Japonica waltz.Boston : [s.n.] , 1830s.

Ferd Beyer.Japanesisches Schifferlied. Mayence : B. Schott’s Söhne, 1840s.