学習室エッセイ

20世紀初頭の西洋楽壇にみるジャポニスム――ドビュッシーとラヴェルが愛した浮世絵――

著者
光平有希
掲載年月日
2023-06-07

◆ピアノ作品に描かれた北斎作「富嶽三十六景:神奈川沖浪裏」

フランスの作曲家クロード・ドビュッシーは、機能構造に縛られない和声連結、ジャワのガムランにおける七音音階の移し変えや全音音階を愛用し、多くの楽曲を手がけました。また、中国や日本の五音音階から「五音和声」を編み出し、そこから生まれる異国的な効果を用いるなど、様々な地域の多様な音素材を自ら吸収して再構築しながら、独自の表現法を完成させていきました。そのドビュッシーもまた、日本に魅了され、日本を題材とした作品を生み出しています。彼は日本の版画を愛で、とりわけ葛飾北斎の作品の中に「驚くべき遠近法」を発見、その線に描かれる抽象的表現の虜となりました。1905年に発表された交響詩《海》の出版に際し、楽譜の表紙に北斎の「富嶽三十六景:神奈川沖浪裏」を選んだことはよく知られています。同年作曲のピアノ曲《映像》第2集第3曲〈金色の魚〉は、パリ万博前後に入手した2匹の錦鯉が描かれた金蒔絵の箱に着想を得たとも言われています。

ドビュッシー作曲《海》のスコア (筆者所蔵)

ドビュッシーと同時代のモーリス・ラヴェルも、自宅に浮世絵を飾るなど日本美術への関心が高い作曲家でした。全5曲のピアノ曲集《鏡》の第3曲〈洋上の小舟〉も葛飾北斎による「神奈川沖浪裏」に着想を得ています。ラヴェルは、ドビュッシーの《海》に見られるような大海や奥に見える富士山ではなく、浪に翻弄される3艘の舟に焦点をあてました。打ち寄せる波に揺られる舟の様子だけでなく、それを眺める人の心情の移ろいすらも描き出すかのように、曲には繊細ながらも心を強く動かされるものがあります。

葛飾北斎「神奈川沖浪裏」(東京国立博物館所蔵。出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-11177-4?locale=ja))