ライブラリー地図
アジア図
解説
日本を含むアジア全域を描いたこの地図は、フランスのシケ(Jacques Chiquet, 1673 – 1721)が1719年に出版した地図帳(Le Nouveau et Curieux Atlas géographique et historique.)に収められていたものです。その大きさは、20.2 cm x 26.2 cm と描かれている地理的範囲から考えるとかなりコンパクトなアジア図で、地理学的な正確さよりも通俗的な利便性や見やすさを重視した地図と言えます。シケは生涯を通じて一般向けの銅版画や印刷物を数多く手がけていた人物で、アカデミーなどとは無縁の出版人ではありましたが、彼の手がけた本図を含む印刷物は当時のフランスで大いに好評を博したことが伝えられています。
この図に描かれている日本の姿は東西に伸びた歪な輪郭の本州をはじめとして、正確とは言い難いものがありますが、それでも「京(Meaqco)」「江戸(Yedo)」「四国島(I. Xicoco)」「豊後島(I. Bungo)」(九州のこと)などの地名を読み取ることができます。本図に限らず、当時のヨーロッパ人にとって未知の海域であった北海道やその周辺海域は、かなり曖昧に描かれており、北海道は「蝦夷大陸(TERRE DE IESSO)」と名付けられてアメリカ大陸に伸びる巨大な大陸として表現されています。またユーラシア大陸北東部沿岸の海上には「この近辺の海外沿いの特徴は今なおよくわかっていない」という注意書きが記されています。
本図は、特徴的に描かれた日本をはじめとして、それまでにヨーロッパで製作された先行アジア図と直接的な繋がりを認めにくいもので、その製作にあたってシケが何らかの先行地図を模倣(剽窃)するのではなく、彼なりに独自のアジア図を生み出そうと苦心したことがうかがえます。その意味では、地理学的な正確さはともかく、通俗的な印刷物の出版で好評を博したシケが、自身の工夫を凝らした独創的なアジア図とも言える作品で、他のアジア図に見られないユニークな地図とも言えるでしょう。
(執筆:羽田孝之)