ライブラリー地図
アジア・アメリカ間正距図
解説
この奇妙な地図を作成したシェーラー(1628−1704)は、ドイツ、ミュンヘンで17世紀半ばから18世紀冒頭にかけて活躍したバイエルンの王室家庭教師にして数学者、地図製作者です。当時のミュンヘンはドイツにおける対抗宗教改革の拠点の一つで、シェーラーもイエズス会士として先行する資料を駆使することができました。シェーラーによる地図帳は全7巻からなる大部のもので、晩年の1702年に刊行が始まり、死後の1710年にようやく最後の第7巻が刊行されています。これらの中に日本を描いた地図も複数確認できますが、この地図は、第7巻に収録されている地図で「アジアとアメリカとの距離」と題されています。
この地図、一見してもどこの地図なのかがすぐにわからないように感じられる奇妙な地図ですが、実は全体が鏡写しになってしまっています。地図の右側に描かれた船の上にJAPONIAという文字が見え、これが日本列島を表しています。中央下部にある円形図は、東半球全体を表しており、これも鏡写しになっています。この地図はシェーラーの死後に刊行されたものですので、シェーラー自身による確認ができなかったことが、こうしたことの一因と思われます。
また、地図全体が鏡写しになっているだけでなく、日本列島をはじめとした描写も、IEDSOと書かれた北海道が異様に大きく描かれているほか、本州北端と地続きになってしまっているなど、現代の目からみると一層奇異な印象を与えます。北海道の左隣(実際には右隣=東になる)にあるCOMPAGNIE LANDと示された島は、オランダ人航海士フリース(1589−1647)によって、1643年にヨーロッパ人に初めて発見された得撫島のことで、オランダ東インド会社(COMPAGNIE)の土地(LAND)とされています。他方、本州に示された地名は比較的正確で、YEDO(江戸)、MEACO(都=京都)など本州の主な地名が書かれていますが、イエズス会による布教が活発であったはずの九州の地名は対照的にほとんど省かれてしまっています。
地図の左下にあるのは、距離単位を示すもので、一番上(LEVCAE GERMANICAE、COM MVNES)とあるのは、当時使われていたドイツマイルのことで、1マイルが約7.5325キロメートルとなるものです。この地図はミュンヘンで作成(印刷は当時銅版画の制作技術に秀でていたアウグスブルク)された地図ということで、これを基準単位として採用しています。下二段には参考としてフランスマイル、イタリアマイルが併記されています。
地図の中心に描かれている二人の人物は、アメリカ、アジアをそれぞれ表したもので、両者が手にしている定規が、この地図のタイトルである「アジアとアメリカとの距離」を示しています。その距離は、約450ドイツマイル、つまり約3,400キロメートルとされています。
緯度と経度は現在の目から見てもかなり正確に示されており、子午線が、現代のようにグリニッジではなく、当時の基準であったカナリア諸島のフェロにあることを考慮して20度強ほどずらして日本列島付近を見てみると、驚くほど正確なことがわかります。地図上で北緯48度、東経212度付近に破線が引かれているのは、地図作成地ミュンヘンの東半球上の反対側における位置を示しており、これもかなり正確な数字と言えます。
なお、当時のアメリカのカリフォルニアは、島として考えられており、この地図でもそのように描かれており、奇異な印象を与えますが、当時の見識としては常識的なものでした。一見すると奇妙な印象を与えるこの地図ですが、当時の地理学上の最新知識を反映させたもので、詳しく見ると最初に与える印象以上に正確な情報が盛り込まれていることに驚かされます。
(執筆:羽田孝之)