ライブラリー楽譜
ミモザ・ワルツ
解説
本作品〈ミモザ・ワルツ〉は、1896年にロンドンで発表された喜歌劇《芸者》の劇中歌をピアノ独奏用にアレンジした楽曲です。当時若かりし無名の舞台作曲家シドニー・ジョーンズSidney Jones(1861-1946)が手掛けた《芸者》は、少し前にイギリスで一世を風靡した喜歌劇《ミカド》をも凌ぐ大ヒット作品となり、ジョーンズの名は一躍イギリス全土で知られるようになりました。1896年4月25日にロンドンのダリー劇場でおこなわれた初演から好評を博した《芸者》は、その後760回にわたって繰り返し公演され、その人気はイギリスだけに留まらずヨーロッパ各国に広まっていきます。
喜歌劇《芸者》の台本は、フランスの作家ピエール・ロティの『お菊さん』にヒントを得て制作されたといわれていますが、実際は日本のとある港町で謎の中国人ウン・ハイの経営するティーハウスが舞台となり、ヒロインの芸者ミモザを中心に、愉快な恋愛劇が展開されます。音楽面では、あるところではビクトリアン調の旋律が顔を覗かせ、またあるところではワルツやポルカなど西洋舞曲のリズムが際立つ楽曲挿し込まれるなど、それぞれ3分程度の楽曲がテンポよく話を盛り上げていきます。そのなかで、時折オリエンタル調の着色が施されるなど、ジョーンズによる様々な音楽的工夫が感じられる一作となっています。
さて、〈ミモザ・ワルツ〉の編曲者カール・ヨハン・キーファー(1855-1937)は、ドイツとイギリスで活躍した指揮者兼作曲家です。彼はロンドンを中心に様々な劇作品の音楽監督を務めるほか、《甘い蜜》Honeydew(1920) や《シフォン・ガール》The Chiffon Girl (1924)といった音楽劇の作曲も手掛けました。そのキーファーが、軽快なピアノ曲に集約した本作は、ジョーンズの輩出した複数の人気舞曲をピアノ独奏曲用に編曲していくという出版楽譜シリーズのうちの一作品として位置づきます。本作品では、日本だけではなく東洋風のイメージを曲中に認めることはできませんが、変ホ長調8分の6拍子の抒情的なイントロから始まった楽曲は、穏やかな色彩を放つ第1ワルツと軽妙なリズムが際立つ第2ワルツに続き、最後はコーダに流れ込み華々しく一曲が締めくくられます。ひとつの作品の中でテンポ、曲調がころころと変わり、一見まとまりがなくなりそうですが、ここは多方面で音楽劇に精通するキーファーの腕の見せ所、《芸者》の作風を崩すことなく見事にまとめ上げています。
(解説:光平有希)