ライブラリー楽譜
黄色い王女
解説
《黄色い王女》は、フランスの作曲家、ピアニスト、オルガニスト、指揮者として活躍したカミーユ・サン=サーンスが手掛けた1幕5場のオペラ・コミックです。同時代の人気作家ルイ・ガレによるフランス語のリブレットに基づいて制作され、普仏戦争後まもなく1872年にパリのオペラ=コミック座で初演されました。
舞台は、「オランダのとある一軒の家のなか、表の通りが見渡せる大きなガラス窓をしつらえた部屋」と設定されています。主人公のコルネリスは日本に関するすべてのことに魅せられた男子学生。そのいとこレナはコルネリスを愛しているものの、コルネリスは日本の王女のミンを描いた絵に熱中するあまり、レナに愛されていることに気づきません。ある日、薬物による幻覚からコルネリスは自身が日本へと移動する夢をみます。その夢のなかで彼は、最初こそミンを追い求めるものの、最終的には自身の愛情がレナに向いていることを認識し、覚醒後に愛を伝えるというストーリーです。
当時の多くの芸術家と同様に日本や東洋への関心を抱いていたサン=サーンスは、本作で「東洋的」な響きを出すために五音音階を用いたほか、歌詞テクストには以下のような日本語の断片も挿入されています。
«Outsou Sémisi Kamini », O Ming, si mon corps est esclave,
«Tayéné ba Haréïté », S’il ne peut briser son entrave,
«Asa Nagekukimi Sakariité », Par des rêves d’amour bercée,
«Waga Koru Kimi », Vers toi s’envole ma pensée.
«Waga Koini Kimizo Kizonou », Dans l’humble nid de ma tendresse,
«Yoiméni miyé tsaurou », Tu règnes seule, ô ma maîtresse!
『ウツ セミシ カミニ』、おぉミンよ、僕の身が奴隷であっても、
『タエネ バ ハレイテ』、その束縛を解き放つことができずとも、
『アサ ナゲクキミ サカリイテ』、うっとりとした愛の夢を以って、
『ワガ コル キミ』、おまえに向かって僕の想いは飛び立つ。
『ワガ コイニ キミゾ キゾヌ』、僕の愛情というみすぼらしい巣の中に、
『ヨイメニ ミエ ソル』、きみだけが君臨する、わが女王!
上記の歌詞は、「うつせみし 神に堪へねば 離り居て 朝嘆く君 放り居て わが恋ふる君 玉ならば 手に巻き持ちて 衣ならば 脱く時もなく わが恋ふる 君そ昨の夜 夢に見えつる」という『万葉集』第2巻第150段(天智天皇崩御の折に宮女のひとりがうたったとされる)から転載していると考えられます。
1870年代は、浮世絵や工芸品、着物や甲冑に代表されるような日本の「モノ」への熱狂が高まりつつある頃であり、その頃に作られた本作には、舞台小物として赤い浮世絵風の絵画や、陶器、扇子、和歌が用いられるなど、直接的なジャポネズリ(日本趣味)の影響が垣間見られます。
(解説:光平有希)