世界図

ミュンスター作の世界図
制作年 1550
制作者 ミュンスター
出版地 バーゼル
言語 ドイツ語
スイス
分類 世界図

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解説

 この世界地図を作成したのは、ドイツ、バーゼルの神学者にして地理学者であったミュンスター(1488?−1552)で、古代ローマのプトレマイオス(83?–168?)の著作『地理学(Geographia)』(150年頃)改訂版として、1550年に刊行されたものです。プトレマイオスの『地理学』は、アラビア語圏で重宝される一方、中世ヨーロッパにおいては長く顧みられませんでしたが、ルネサンス期にギリシャ語写本からのラテン語訳が急速に進み、ヨーロッパにおける地理学書の古典としての地位を急速に回復します。それと同時に、大航海時代によって得られた新しい地理的情報を付け加える試みが数多くなされ、ミュンスターが作成した世界地図もそうした試みの代表的な一例です。ミュンスターは1540年に『地理学』の改訂版を初めて刊行し、そこにアメリカ大陸や日本を含めた最新の地理情報を加えた世界地図を発表しました。この世界地図は1550年のさらなる改訂版に収められているものです。
 世界地図の周囲を取り巻いているのは、アネモイ(Anemoi)と呼ばれるギリシャ神話の風神たちで、南北東西の主神とそれを補う合計12風神が描かれています。地図中では、プトレマイオスの時代にはなかった「新世界」、すなわちアメリカが新たに加えられており、当時は南米大陸だけを指していたアメリカと、フロリダと記された北米大陸が描かれています。またインドは、中国に相当する部分にCathaiと書かれており、これはマルコ・ポーロが中国のことをカタイと呼んだことによるものです。カタイのさらに東方の海上には、Zipangriと書かれた南北に伸びる島が描かれていますが、これが言うまでもなくジパング、すなわち日本です。日本のすぐ東隣には北米大陸が迫っており、中国よりもむしろ北米大陸に近いものとして、日本が位置づけられています。このことから、この地図において、太平洋はほとんどその存在が認知されていないことが分かります。
 現代の目から見ると不正確に思える世界地図ですが、初版が作成されたのが、ヨーロッパ人が日本に来航する前の1540年、改訂版として出されたこの地図でさえ1550年に刊行されていることに鑑みると、日本が描かれていること自体が、むしろ驚くべきことと言えるでしょう。この世界地図は、ヨーロッパにおける古典的世界観と、大航海時代によってもたらされた新世界の情報とを統合した、ヨーロッパ人の新しい世界観を表現する世界地図として、非常に重要な意味を有するものです。

(執筆:羽田孝之)