今回の新刊紹介では、本書の著者である私、小川が筆を執りたいと思います。本書では、慶長遣欧使節のヨーロッパ滞在時にマドリッドからローマまで使節一行に随行したイタリア人シピオーネ・アマーティにスポットを当て、彼の人物像や思想を分析しています。
このアマーティという人物は、慶長遣欧使節についての報告書『伊達政宗遣欧使節記』をイタリア語で書き上げ、1615年に出版しています。この著作は慶長遣欧使節を研究するうえで第一級の史料なのですが、著者であるアマーティの経歴については、ほとんど明かとなっていませんでした。
そこで、私は、アマーティがローマの有力貴族コロンナ家と所縁が深かったことに着目し、ローマ近郊の山岳地帯スビアーコに位置するサンタ・スコラスティカ修道院図書館付属コロンナ文書館で7年に亙り、コロンナ家の関係者からコロンナ家歴代当主に宛てられた書簡等を網羅的に調査しました。その結果、アマーティ直筆書簡や経歴書、慶長遣欧使節や天正遣欧使節関連史料を多数発見するに至り、それらを基に、アマーティをはじめとしたコロンナ家の人々と日本との関りを明らかにしたのが本書となります。
本書前半では、コロンナ文書群を読み解いていくことで、まずコロンナ家が日本をはじめとした海外情報に興味関心を持っていたことを明らかにしています。その上で、コロンナ文書館で発見したアマーティの経歴書を分析することで、アマーティが慶長遣欧使節の単なる随行員ではなく、教皇庁とコロンナ家、スペイン王室の利害関係のなかで、使節一行に関する情報を積極的に収集しようとしていたインテリジェンスであったことを突き止めています。
本書後半では、『伊達政宗遣欧使節記』以外にアマーティが著している日本関係著作、「日本略記」(イタリア語、1615年頃)を分析することで、アマーティの日本への眼差しを明らかにしています。
この「日本略記」は未刊の手稿で、ヴァチカン文書館のボルゲーゼ文書に収蔵されていますが、日本における当該テキストを対象とした研究は、部分的な翻訳と概要説明のみにとどまっていました。本書では、78葉から構成される「日本略記」を全て翻刻・翻訳し、それらを基にアマーティの日本像を深く掘り下げています。
以上のように本書は、新史料を中心とした研究であり、コロンナ家と日本の関係、慶長遣欧使節と間近で接したシピオーネ・アマーティの日本像という、全く新しい視点を提供しています。
ちなみに蛇足ではありますが、修道院図書館で調査する時には、修道士から特別の許可をもらい、修道院宿坊に一滞在で最大2週間逗留し、修道士と寝食を共にしながら調査していました。本書「おわりに」では、修道院での泊まり込みの調査が許可されるに至った経緯、修道院での生活、非常に豪華でとても美味しい修道院の食事のメニュー等も取り上げておりますので、興味のある方は是非「おわりに」だけでも読んで頂けたらと思います。(小川仁)