日本遠征記

出版年 1856
著者 ペリー
出版地 ワシントン
言語 英語
アメリカ
分類 日本

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解説

 ペリー(Matthew Calbraith Perry, 1794-1858)による1853(嘉永6)年の浦賀来航と翌年の日米和親条約の締結は、江戸幕府が欧米諸国と外交条約を結んでいく端緒となりました。この日本遠征に関するあらゆる記録をまとめたものが本書です。本書は、アメリカ議会文書として1856年の刊行年表記をもって(実際の刊行は巻ごとにずれがありました)刊行されたもので、全3巻からなります。
 第1巻は、ペリーが遠征中に記していた航海日記および政府要人と交換した公式書簡を中心にして編纂したものです。日本遠征記の中でも最もよく知られているもので、遠征の出発から帰国までの記録を時系列に沿って記述した、本書の中核となる内容です。また、ペリーの記録だけでなく、アダムス艦長(Henry A. Adams, 1800-1869)ら他の多くの関係者の日記や報告書も本書には用いられています。ただし、それらをそのまま書物にするのではなく、牧師であり、教会の歴史書の著者としても評判の高かったホークス(Francis Lister Hawks, 1798-1866)が全てを編纂、執筆する形態をとっています。序文では、ペリーによる日本論が述べられており、日本の歴史、政治、経済、文化、芸術と多方面にわたってペリーが日本に関する知識を出発前に得ていたことが伺えます。多くの先行文献にも言及していますが、その関連で、日本の開国はロシアとオランダによる長年の貢献の成果によるものというシーボルトの主張に対しては、あからさまな不快感を表明しています。ペリーは、遠征隊に優れた画家や写真家も同乗させ、視覚記録も豊富に採取し、それらを石版画として第1巻に多数収録しています。自身も画集『日本遠征図録』や遠征記『世界周航日本への旅』を残したハイネ(Peter Bernhard Wilhelm Heine, 1827-1885)による、各地の風景を描いた美しい図版や、交渉に関する重要な場面を描いた図版は、本書の内容の中でも特に有名です。第1巻は、幕末にすでに日本語訳が行われており、日本遠征記録の中でも、早くから日本でもその内容が知られています。
 第2巻は、遠征中に行われた学術記録を中心に構成されたものです。ペリーは、遠征隊派遣に際して、外交成果だけでなく、既存のあらゆる日本研究をも上回るような学術的成果をあげることも意図して、多くの学者や研究者を船に同乗させています。第2巻では、琉球(15ページ)、日本(81ページ)、中国(101ページ)の農業に関する報告書や、彼らにとって重要であった石炭の産地や品質に関する報告書(153ページ)、台風と気象に関する報告書(337ページ)など多くの学術報告書が掲載されています。鳥類(219ページ)、魚類(255ページ)、貝類(291ページ)植物(299ページ)についての報告書には、多くの彩色図版も収録されています。航海上、また以降の来航に際して極めて重要であった水路(373ページ)や、江戸をはじめとする沿岸の詳細な測量数値を記した海図や地図類も巻末に収録されています。また、第1巻に関連する内容として、ペリーによる、アメリカと東アジア、ならびに日本との通商政策の意義と展望を論じた論説(173ページ)2本や、神奈川条約の日本文の写しと英訳もテキスト巻末には収録されています。第1巻に比べて知られることの少ない第2巻ですが、ペリーが企図した壮大な遠征計画の全体を知る上では、欠かせない貴重な資料が数多く収録されています。
 なお、日本遠征記録にはこれら2巻に続く、黄道光に関する天文学研究の成果を、海軍従軍牧師で天文学者であったジョーンズ(George Jones, 1800-1870)がまとめた第3巻があります。

(執筆:羽田孝之)

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